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象牙の塔の下僕

【ゲームと哲学は僕の一部です】

【哲学】そもそも「哲学」って何?(下)

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目次

 

考え抜かれた原理

近代哲学はそれまで絶対的な権威だったキリスト教の「世界観」を一旦全部壊して、世界についての理性的な考え方を1から作り直しました。

そのため、徹底した考えが蓄積されています。

 

近代哲学が考える「世界」

世界とは唯一にして不変、永遠の実体であり、ちゃんと客観的な摂理と意味があります。

しかし、それを知っているのは「神」だけで、「真理」は人間が知ることも語ることもできません。
これに対して、近代哲学者たちは次のような考えを巡らせました。

 

世界は「語りえないもの」ではない

哲学者たちは諦めませんでした。

 

人間には「語りうる領域」と「語りえない領域」があって、はっきり区分できる。


その理由もちゃんと理性で理解でき、証明することもできる。だから「世界」は人間にとって「謎のまま」ではない。という結論に至ったのでした。

 

それぞれの世界

誰もが自分の「世界」をもっています。また、誰もがどこかに正しい「世界像」があるはずと考えていました。
そして、そのことで共感し合ったり、逆に喧嘩したりと……。

つまり、絶対的に正しい「世界像」というものは存在しない。多数派の世界像と少数派の世界像があるだけ。

どんな「世界像」も他に害悪を与えなければ、各人がそれをもつ権利があると考えられました。

 

どんな世界像をつくるべきか

「世界像」でいちばん大事なのは、それが「正しいか否か」ではなく、
その人の生をよく生かすか、また、社会的によい関係をつくり出せるかどうかということです。
そのため、正しい「世界像」という考えより、みんなが納得できるような、より有益で、有効な世界像をつくることが大事になります。

 

哲学の付き合い方について

さて、すぐれた近代哲学者たちは、200年ほどの間に「世界」について

ほぼこのような考えを積み上げてきました。どれも考え抜かれた「原理」になっています。

「語りえぬもの」として後ろ向きな世界を語る哲学者は、ほとんどいなかったと言われています。

 

さいごに

ともあれ、これらのことは一部に過ぎません。
近代哲学者は人間や人間関係、さらに社会についての多様な興味深い考え方をつくり上げてきました。
それらの「原理」を少しでも生活の中に取り入れることで、より豊かな「世界像」をつくることができるのではないかと思います。


「哲学」とは難解で好事家が蒐集するような骨董品ではなく、

人生を豊かにする便利なツールだと認識を変え、上手に付き合っていきましょう。